読書日記(たのしい川べ)
by 鈴木 宏枝
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たのしい川べ(たのしいかわべ)
原題The Wind in the Willows読んだ日2001.2.8
著者Kenneth Grahame(ケネス・グレアム)訳者石井桃子画家(N/A)
出版社岩波書店出版年月日1963.11.29原作出版年1908
感想 再読。前に読んだときほどの退屈さやある種の理不尽さを感じなかったのは、『ものいうウサギとヒキガエル』(猪熊葉子先生)をはじめとする批評をおもしろく読んだことの再確認だからかもしれない。でも、なんか気持ち悪い話だ、というのは否めなかった。
 結局はイギリス紳士がmanlyにrespectableに暮らし、遠くの冒険より身近なサロン的仲間同士で家庭の楽しさを保ち続けていようよ、という話に見える。大人にならないと決めたピーター・パンと同じ、「あるべきではない」…そのかわいらしさの仮面の下には腐った屍のありそうな、反-自然の逃避を感じる。
 パン神に象徴される自然を礼賛しているが、その崇拝の裏にあるのは甘えであり、パン神からはご丁寧に「忘却」という贈り物までもらっている。母親的な存在にぬくぬくしつつ、現実の女性たちのことは容赦なく見下している。川がグレアムの理想の女性なのかなぁ。
 倶楽部的友人同士のつながり。人間との関係でいっても、ヒキガエル、アナグマ、モグラ、ネズミは単なる符号で、まさに人間のヴァリエーションに過ぎない。その中で、紳士らしく勇敢なネズミと、気のいいモグラと、威厳のあるアナグマと、矯正されなければならない田舎紳士ヒキガエルが「都合よく」生きている。ヒキガエルの突然の改心はどうにもつじつまが合わない。突然男の美徳にめざめたというより、「控えめに紳士している方が、見せびらかすよりもカッコイイと思ったから」という下心があったからと考える方が楽しい。
 イマジネーションがあっちにいったりこっちにいったりしながら憧れの世界を書いたのはグレアムの都合。とりとめのなさには違和感を覚えなかったし、マシンに魅了されてはドジをする懲りない悪役?ヒキガエルもわりとおもしろいキャラクターだと思う。第七章は率直に好きだ。The Wind in the Willowsというと、ミュージカルのお面を頭につけた俳優たちの姿の方がとっさに浮かんできてしまうのだが、実はその姿が正しいのではないかとも思えた。


鈴木 宏枝
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